岩隈久志投手2016シーズン分析
日本人メジャーリーガー第二弾は、岩隈久志投手(以下岩隈投手)を特集します。4月に36歳を迎えたベテランですが、クレバーな投球を武器に活躍をみせています。
今回は2016年シーズン活躍の秘密に迫りたいと思います。
岩隈投手のプロフィール
東京都東大和市出身のメジャーリーガー。堀越高校卒業後、近鉄バファローズに入団。楽天ゴールデンイーグルスを経て、MLBに挑戦。現在はMLBのシアトル・マリナーズに所属しています。現在日米通算170勝を挙げている日本を代表する右腕です。
昨シーズンは防御率こそキャリアワーストでしたが、199イニングを投球し、メジャー移籍後自己最多となる16勝をマークしました。
高いコマンド力と安定感はメジャーでも高く評価されており、先発投手陣の軸として今シーズンも活躍が期待されています。
各球種の投球結果
クレバーなゲームメイカー!
【表1】の空振り割合をみると、すべての球種でMLB平均を下回っています。ボールの威力を武器に空振りを多く奪うタイプではないことがわかります。
しかしながら昨シーズンも147の三振を奪うなど、要所で狙って空振りを奪う能力を持っている投手といえます。
ゴロ割合においてもすべての球種でMLB平均を下回っています。
ゴロと比べてライナーやフライは長打になる確率が高く、一般的にフライ割合の高い投手は大量失点する可能性を含んでいるといえます。しかしながら岩隈投手は昨シーズン登板した試合で5失点以上の試合はありませんでした。
要所で狙ったゴロアウトを奪い、大量得点を許さない投球は非常にクレバーなゲームメイカーといえるでしょう。
球種 | スイング割合 (Sw Rate) | 空振り割合 (Whf/Sw) | ゴロ割合 (GB/BIP) | ライナー割合 (LD/BIP) | フライ割合 (FB/BIP) |
---|---|---|---|---|---|
4シーム | 44%
(46%) | 17%
(19%) | 27%
(36%) | 24%
(28%) | 34%
(27%) |
2シーム | 51%
(44%) | 6%
(13%) | 44%
(56%) | 26%
(24%) | 22%
(16%) |
カットボール | 51%
(50%) | 14%
(23%) | 45%
(46%) | 23%
(25%) | 22%
(22%) |
スプリット | 56%
(53%) | 32%
(34%) | 50%
(52%) | 28%
(24%) | 17%
(19%) |
スライダー | 45%
(49%) | 27%
(36%) | 24%
(46%) | 35%
(25%) | 33%
(21%) |
カーブ | 35%
(40%) | 20%
(32%) | 38%
(51%) | 26%
(24%) | 23%
(20%) |
カッコ内はMLB平均
各球種の球速と投球割合
「動く球」が武器
【表2、3】の平均球速(km/h)をみるとすべての球種においてMLB平均を下回っていることがわかります。しかし、平均球速(%)はカットボール、スプリット、スライダーの3球種で高い数値をみせています。
ボールの速度は、打者が球種を判断するうえで非常に重要な情報となります。4シームの球速に近い高速な変化球は、途中まで見分けがつきにくくなります。
本来は、途中から軌道が大きく変化することはありませんが、高速な変化球は、打者の予想と異なる変化をするために、ボールを動いているように見せることができます。
つまり、高速変化球が「動く球」の正体となっています。
加えて岩隈投手の投球割合をみると多くの球種を組み合わせて投げ分けています。「動く球」を含めた多彩な球種の投げ分けは岩隈投手の大きな武器の一つといえます。
球種 | 平均球速(km/h) | 平均球速(%) | 最高球速(km/h) | 投球割合(%) |
---|---|---|---|---|
4シーム | 142
(149) | 100
(100) | 147
(154) | 19 |
2シーム | 141
(149) | 99
(100) | 147
(153) | 27 |
カットボール | 138
(143) | 97
(96) | 145
(149) | 4 |
スプリット | 134
(138) | 94
(92) | 147
(144) | 16 |
スライダー | 132
(136) | 92
(91) | 143
(144) | 29 |
カーブ | 115
(125) | 81
(84) | 123
(135) | 5 |
カッコ内はMLB平均
球種 | 平均球速(km/h) | 平均球速(%) | 最高球速(km/h) | 投球割合(%) |
---|---|---|---|---|
4シーム | 142
(149) | 100
(100) | 147
(154) | 19 |
2シーム | 141
(149) | 99
(100) | 148
(153) | 25 |
カットボール | 139
(143) | 97
(96) | 146
(149) | 7 |
スプリット | 134
(138) | 94
(92) | 139
(144) | 20 |
スライダー | 132
(136) | 93
(91) | 138
(144) | 15 |
カーブ | 114
(125) | 80
(84) | 123
(135) | 14 |
カッコ内はMLB平均
各球種の変化量
特殊な「サイドスロー型」
【図1、2】をみると岩隈投手はサイドスローから投球されるような特殊なボールを投球しています。
4シームや2シームが平均より大きく沈む投手は、他の球種も平均より沈む傾向にあります。しかし、岩隈投手のスライド方向に変化させる変化球(スライダー、カーブ)は、ドロップ方向の変化が少なく、スライド方向に大きく変化しています。
またスライダーと2シームのホップ成分が近くなっており、岩隈投手はサイドスローの投手の特徴を有しています。【表4、5】
※薄色はMLB平均
- 4シーム
ホップ成分が少なく、シュートが大きいボールです。
- 2シーム
シュートの変化は変わらないものの、大きく沈んでいます。
- カットボール
平均に近いもののやや変化の小さなボールです。4シーム、2シームが大きく沈むため、やや浮くように感じるかもしれません。
- スプリット
MLB平均平均よりも大きく沈んでいます。このボールのみサイドスロー型から外れています。
- スライダー
ホップ成分が平均よりも大きいボールです。横の変化は平均的です。このボールも相対的に伸びを感じるかもしれません。
- カーブ
横に大きく変化しています。まるでサイドスローから投球されたような変化の大きさです。
サイドスローのような変化量ですが、スプリットだけは別です。スプリットの大きな変化はサイドスローでは再現が難しく、他の球種と比べて異彩を放っています。
岩隈投手の代名詞となっているのにもうなずけるボールといえます。
球種 | スピンレート(rpm) | 縦の変化量(cm) | 横の変化量(cm) |
---|---|---|---|
4シーム | 2234
(2253) | 41
(45) | 28
(23) |
2シーム | 2016
(2159) | 25
(34) | 41
(38) |
カットボール | 2189
(2275) | 28
(32) | 5
(2) |
スプリット | 1511
(1613) | 11
(20) | 37
(29) |
スライダー | 1934
(2264) | 18
(13) | -7
(-5) |
カーブ | 2308
(2413) | -17
(-15) | -29
(-17) |
カッコ内はMLB平均
球種 | スピンレート(rpm) | 縦の変化量(cm) | 横の変化量(cm) |
---|---|---|---|
4シーム | 2223
(2253) | 40
(45) | 28
(23) |
2シーム | 2028
(2159) | 24
(34) | 41
(38) |
カットボール | 2196
(2275) | 28
(32) | 6
(2) |
スプリット | 1511
(1613) | 11
(20) | 37
(29) |
スライダー | 1959
(2264) | 17
(13) | -3
(-5) |
カーブ | 2248
(2413) | -16
(-15) | -29
(-17) |
カッコ内はMLB平均
各球種の投球フォームの特徴
リーチの長さを生かしたフォーム
【表6、7】をみるとリリース高が低く、リリース横が大きいスリークォーターのフォームであることがわかります。また、エクステンションはMLB平均と同様であることがわかります。
スリークォーターのフォームは一般的にエクステンションが短くなります。しかしながら岩隈投手はリーチが非常に長く、「遠く前で」投球しています。
スリークォーターのフォームから前でリリースすると、投球する際の手の向きが多少変化することになります。これが岩隈投手の特殊な変化を生み出しているかもしれません。
球種 | リリース高(cm) | リリース横(cm) | エクステンション(cm) |
---|---|---|---|
4シーム | 166
(180) | 71
(50) | 190
(188) |
2シーム | 167
(178) | 72
(54) | 191
(187) |
カットボール | 167
(181) | 72
(51) | 186
(184) |
スプリット | 170
(183) | 70
(50) | 186
(182) |
スライダー | 169
(181) | 72
(56) | 184
(178) |
カーブ | 180
(187) | 65
(53) | 181
(173) |
カッコ内はMLB平均
球種 | リリース高(cm) | リリース横(cm) | エクステンション(cm) |
---|---|---|---|
4シーム | 166
(180) | 73
(50) | 190
(188) |
2シーム | 167
(178) | 73
(54) | 191
(187) |
カットボール | 168
(181) | 73
(51) | 186
(184) |
スプリット | 170
(183) | 72
(50) | 186
(182) |
スライダー | 170
(181) | 75
(54) | 183
(178) |
カーブ | 182
(187) | 69
(53) | 180
(173) |
カッコ内はMLB平均
各球種のカウントとゾーンの特徴
高いコマンドと球種の投げ分け!安定感の秘密ここにあり
岩隈投手最大の武器が高いコマンド能力と多くの球種の投げ分けです。
カウント別の投球割合で50%以上を記録しているのは左打者への3-0のカウントでの1つのみと、多くの球種で打者に的を絞らせない投球をしているといえます。
- 4シーム
【表8、9】をみると、初球と追い込んだ後を中心に投球しています。
追い込んだ後に球速を高める意図を感じ、狙って三振を奪う能力が垣間見えます。【表10、11】
投球されるゾーンは、外角中心にまんべんなく投球されています。【図3、4】
- 2シーム
【表12、13】をみると、追い込むまでにカウントを整えたり、打たせて取る場面で使用されているようです。左打者の3-0カウントでは70%の割合で投球されています。
投球されるゾーンは低めに徹底されており、内外角は投げ分けているようです。【図5、6】
- カットボール
左打者に対しての中間のカウントで主に投球されています。【表14、15】
比較的甘いゾーンにも投球されておりカウントを整えるボールとして使われているかもしれません。【図7、8】
- スプリット
決め球として追い込んだ後に投球されています。【表16、17】
低めのボールゾーンに高い精度で投球されており、大きな変化量も相まって、攻略が難しいボールであるといえます。【図9、10】
- スライダー
どのカウントでも投球しています。特に右打者に対しては投球の軸となるボールといえます。【表18、19】
投球されるゾーンは外角ストライクゾーンと、ボールゾーンに制球されており、きわどいコースに投球し続ける制球力を感じます。【図11、12】
- カーブ
左打者の初球を除けばあまり投球されません。【表20、21】
また、岩隈投手の球種の中では比較的アバウトに投げている球種かもしれません。【図13、14】
2016年活躍の秘密
屈指のゲームメイカーへと進化
岩隈投手の分析を行ってきましたが、改めてその投球術を感じさせられました。最後にもう一度整理してみたいと思います。
まず岩隈投手は球速が速くありません。また、空振り率でも全球種で平均を下回っています。ベテランにさしかかり球威で勝負することが簡単でなくなってきているといえます。
しかしそれを上回る多くの武器を岩隈投手は持っています。
岩隈投手は多くの球種を高度に投げ分けます。変化球は4シームに近い「動くボール」を投球しています。スリークォーターのフォームから繰り出しますが、手足が非常に長く、ボールを前でリリースすることで打者はより判断が遅れるでしょう
また、変化量が非常に特殊で、サイドスローに近いボールといえます。更にはすべての球種を高いコマンドで厳しいコースに投球しており、攻略は容易ではありません。
要所で狙って三振を奪うことや、要所でゴロを打たせる投球術をみるに、やはり大量得点をあげるのは難しく、抜群の安定感もうなずけます。
もはやメジャーリーグでも屈指のゲームメイカーへと進化したといえるのではないでしょうか。
あとがき
日米通算170勝をマークし、通算200勝も少しずつ視界に入ってきました。しかし200勝など岩隈投手にとっては通過点に過ぎません。
20代前半は剛腕投手として打者を圧倒してきた岩隈投手はメジャーリーグ経験を経て屈指のゲームメイカーへと進化を遂げました。このような投球スタイルは年を重ねると共にますます円熟味を増すでしょう。
海を渡る日本人投手が増える中で岩隈投手の投球は必ずや「道標」となります。今シーズンもますます進化する岩隈投手の投球から目が離せません!!
次回は、岩隈投手の今シーズンの投球分析です。今回紹介した岩隈投手の秘密を頭に入れて読んでいただけたならば、いっそう楽める内容となっています。ぜひ併せてご覧ください。
※Baseballsavantリニューアルに伴い、一部データを更新しました(2017/6/22)
Baseball Geeks編集部